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20歳のデヴィッド・アーチュレッタ-LDS Living インタビュー記事 [インタビュー・記事]

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LDSリビングというのは、記事内容(「デヴィッドにクラッシュ」「離婚したばかりの人にかける言葉・かけてはならない言葉」)や広告の内容(シリアル、パン、スイーツ、人生相談etc)から判断すると、どうやらLDSの主婦層向けの隔月刊の雑誌のようです。
この2011年11/12月号にデヴィッド・アーチュレッタが特集されていました。この表紙の写真に見覚えのある方も多いと思います。

この記事、kaychanや4126さんと約束したこともあって1ヶ月ほど前に訳したのですが、実はずっとアップするかどうか悩んでいました。私にとって、この記事の内容は、デヴィッド・アーチュレッタのこれまでの活動の根拠、目的、見ている先が、あくまでもLDSなのだと強く感じられるものだったからです。
以前、デヴィッドは、どこかのラジオインタビューで、半ば老獪なインタビュアーに誘導される形で、自分はコンサートを布教活動だと思っている、音楽活動を伝道と見なすことができないか教会と相談している、という趣旨の発言をしたことがあるのですが(音源が削除されているため、記憶です)、このインタビューを読んで、それを思い出すと共に、やはりそうだったのか、と感じました。そして、これはLDS以外の人々にとって、必ずしも知る必要のないことではないか、場合によってはマイナス・イメージにつながりかねないんじゃないか、と。

ところが、デヴィッドは先日12/21に、ソルトレイクシティでのコンサートで、自ら、音楽活動を休止し、2年間の伝道(LDSの布教活動)に出ることを正々堂々と発表しました。
まあ考えてみれば、彼は最初から正々堂々とモルモン教徒だったわけで、それに誇りをもち活動し続けていただけなのでしょうが・・・。

というわけで、このLDSリビングの記事は、今となっては、今回のアナウンスメントにつながるデヴィッドの考え方がある程度汲み取れる内容になっています。20歳のデヴィッドが何を考えているのかが少しわかるかもしれません。

また、記事の前半は、デヴィッドのこれまでの歩みを簡潔にまとめた内容になっていることから、本ブログの最終記事にふさわしいと考え、ここに掲載することにしました。

※残念ながら私はLDSの教義はまったく知りませんので、できるだけLDSのHPで使用されている訳語を使用するようにはしていますが、適切とは限りません。ご了承ください。原文でお読みになりたい場合は、こちらにスキャン記事があります。
※デヴィッドは、2011/12/28に21歳の誕生日を迎えましたが、このインタビューおよびソルトレイクシティでの発表は彼が20歳のときになされたものなので、このタイトルにしました。

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Staying in tune
by ジャミー・ローソン

20歳の歌うセンセーション、デヴィッド・アーチュレッタは音楽の力を通じて無数の人々と触れ合ってきた。彼は自らの声と自身の例を通じて人々に霊感を与え続けたいと望んでいる。


デヴィッド・アーチュレタは音楽一家に生まれた。彼は、父のジェフが様々なジャズバンドと一緒にトランペットを演奏し、母ルペがサルサの歌手&踊り手としてステージで輝く様子を見ながら成長した。5人兄弟の2番目として、アーチュレッタは、近所の人々や友人のために、家族とともにミュージカルの曲を演奏することも多かった。しかし、6歳でレ・ミゼラブルの10周年記念コンサートのビデオを観たとき、彼の心のなかで音楽への情熱が決定的になった。

「ぼくは、どうしてもビデオを観ることを止められなかった」とアーチュレッタは思い出す。「話の筋を理解することはできなかったけど、人々が歌う、その歌う様子が大好きだった。あの歌い方、あの感情・・・それがぼくを虜にしたんだ。」


旅のはじまり
レ・ミゼラブルに触発されて、アーチュレッタは、生まれながらの恥ずかしがり屋で自らの声を心地悪く感じていたにもかかわらず、歌うことに熱中していった。彼はパフォーマンスし続け、両親の指導のもとに技術とショーマンシップを磨いていった。そして彼が10歳の時、母親が彼にとって最初のコンテストとなる「ユタ・タレントコンテスト2001」に彼をエントリした。
「あまりに緊張して、心臓発作を起こしそうだったよ。ぼくはとにかく心配性で、内気だったから。」しかし、彼の不安と自信喪失、さらには、出番直前に舞台裏で本格的なパニックに襲われたにもかかわらず、アーチュレッタが歌った”I Will Always Love You”は観客のスタンディングオベーションを受け、子供部門で優勝した。彼にとってこの優勝は青天の霹靂だったが、観客の反応に興奮し、恐怖に正面から立ち向かった自分に強い誇りを感じた。
このタレントコンテストの後、両親は彼がパフォーマンスできる機会を探し続けた。CBSのJanny Jones Show やThe Early ShowなどのTVへの出演。そして2003年には、TV番組Star Searchでジュニア部門のボーカル・チャンピオンになった。これは、アーチュレッタが正しい道を歩んでいることを再確認させてくれる出来事だった。しかし、それはすぐに疑念と絶望に置き換わることになる。
「優勝した翌年に、Star Searchのチャンピオン大会に招待された。でも、ぼくはその頃、息をしたり、歌ったり、話したりすることが難しくなってきていた。すぐにぜいぜいいってしまって、一度に数分間しか歌うことができなくなった。」医者を訪れたアーチュレッタは衝撃的な事実を告げられる。彼の声帯が一部麻痺しているというのだ。
治療法はリスクの高い手術(声を永久的に損なう可能性がある)か、ボイスセラピー(麻痺した声帯が、運が良ければ徐々に回復する)のいずれかしかないという。アーチュレタはセラピーを選んだが、楽観的にはなれず、13歳にして彼の歌手になるという夢は急速にしぼんでいった。
「その診断を受けたとき、ぼくはもう諦めていたんだ」とアーチュレッタ。「1、2曲歌うと疲れてしまっていたから。歌手になるには、フルコンサートを歌わなければならないし。本当に落ち込んでしまって、人生何をしたらいいのかまったくわからなくなった。」
そして彼はこう続けた。「だから、学校に行こうとだけ、決めたんだ。ずっとホームスクーリングを受けたり止めたりしてたから。中3で初めて1年間学校に通った。それから高1でも。普通の子供のようになろうとしたけど、課外活動は苦手だった。そして、何か自分の一部をなくしてしまったように感じていたんだ。」

アメリカン・アイドルでの経験
アーチュレッタは学校に通い続けた。そして、16歳になったとき、アメリカン・アイドルシーズン7のオーディションが始まった。同番組の開始当初から熱烈なファンだった彼は、ついにオーディションに参加できる年齢に達したのだ。しかし、その時には、彼は自分の能力に自信を失ってしまっていた。
アーチュレッタの家族や友人は、彼にオーディションに参加するよう励まし続けた。その考えが頭から離れないので、彼はその決断を祈りに託すことにした。「何かが『オーディションに行きなさい』と言い続けた」と彼は言う。「ぼくはそれを無視し続けようとした。だから、祈りの後に(オーディションを受けるという)強い気持ちを感じたことにショックを受けた。でも、きっとその経験から何かを学ばなければならないのだろうと思った。例えば誰か会うべき人に会う、とかね。」
父の助けを借りて、アーチュレッタはオーディション用の選曲を始め、2007年7月、二人は飛行機でサン・ディエゴへと向かった。アメリカン・アイドルの審査員に自らを印象づける機会を求める数千人の参加者の一人として。アーチュレッタはいくつかのラウンドを通過し、ハリウッド・ウィークでは、審査員から全員一致で準決勝に進むことを承認された。そして、最終的にTV番組に出演して競う24名のコンテスタントの一人に選ばれた。
「アイドルの経験は、すべてがとても凄まじかった」と、番組での経験についてアーチュレッタは語る。「ほとんどは有意義な経験だったけど、あらゆるプレッシャーと戦いながら自分を信じるっていうのは、とてつもなく困難な挑戦だった。」
アーチュレッタはアメリカン・アイドルの経験を「歌手のブートキャンプ」と表現する。「毎週iTunes用に曲をレコーディングしないとならなかった。インタビューに写真撮影、フォードのCM用のミュージックビデオ撮りもある。ファンレターにパパラッチもね。毎週、数百万の視聴者の前で争っていたし。だから、『もし、これをやり遂げることができたら、何だってできるぞ』と思った。」
スポットライトの中での過度のプレッシャーと極限のスケジュールにもかからわらず、アーチュレッタは、なんとか自らを際立たせることができた。13週間に渡る仲間との戦いの後、彼は誰もが望んだファイナルの席を勝ち取り、もう一人のファイナリスト、デヴィッド・クックと1対1で争った。アーチュレッタは、歌った3曲すべてにおいて観る者を魅了するパフォーマンスを披露し、観客と審査員を唸らせた。アメリカン・アイドルの審査員サイモン・コーウェルは、アーチュレッタが勝つとまで予告した。しかし、2008年3月21日、番組終了後に寄せられた9700万票の集計の結果、最終的にクックがアメリカン・アイドルの称号を持ち去った。そして、アーチュレッタは、この結果に完全に満足だった。
「ぼくには、自分が優勝しないことがわかっていた」と彼は言う。「でも、あれは人生を変える経験だった。とても多くのことを学ぶことができた。これはすべて、オーディションに行くように促す声に従ったからなんだ。」

イメージ・ジレンマ
アメリカン・アイドルの後、アーチュレッタはJive Recordとレコーディング契約を結び、2008年11月には、自分の名前を冠したアルバム”David Archuleta”が発売された。これは、まさに夢の実現だったが、舞台裏では、彼は常にレーベルとぶつかっていた。
「レーベルのマネジメントは、ぼくを、ぼくがアメリカン・アイドルで表現していた自分自身とは大きく異なる者に仕立てることを望んでいた。そして、「君は、自分が何者かを知らないんだ。自分が何者になりたいかをわかってないんだよ。これが、君なんだ」と言ってくる。でも、ぼくは、「何だって?それは、ぼくじゃない。そっちのほうがラジオで多くかかるかどうかは別にして、それはぼくがやりたいことじゃあない。ぼくには、二重の意味を持つ歌詞は必要ない。物事が誤って理解されることは望まない。音楽は影響力を持っている。ぼくは、アーティストとして人々の考え方や感じ方に影響を与えることができる。誰もぼくに対して、ぼくが何者であり、何者でないかを語ることはできない。ぼくは、自分自身に対して忠実であり続けるしかないんだ。」
このアーチュレッタの頑張りは功を奏した。彼の最初のシングルCrushはビルボード・ホット100に第2位に初登場し、現在まで約200万枚を売り上げている。しかし彼は、ロマンスが彼の好むトピックでないことをすぐに認めた。
「ぼくは、まだそういう関係を経験していない。でも、みんながぼくに歌わせたいと思っているのはそれなんだ。ぼくは、そのことに、とてもフラストレーションを感じた。彼らは『それが、みんなが感情移入できることなんだよ』と言うけれど、でも、ぼくが感情移入できないんだ。」
事実、アーチュレッタは、独り身である今の状況をすぐに変えるつもりはない。「真剣に誰かと付き合うことは、今のぼくにとって重要なことじゃない」と彼は説明する。「そういう関係に入るより前に、ぼくには、音楽的にも人間的にもやらなければならないことがたくさんあるんだ。」
では、いつになったら女性と真剣に付き合い始めるつもりなのか?理想の女性に望むものは何なのか?「正しい価値観を持っているひとがいいと思う。家族を大事にして、他者のことをたくさん考えるひと。自分がそのひとから学べるようなひとがいい。冒険好きで新しいことに挑戦しようとするひと。楽しいことが大好きで、それに、食べることが好きなひと。ぼくは食べ物が大好きだから、彼女もそうだといいなって。」そう言って、彼は笑った。「とにかく、すてきな心の持ち主がいいよね。」
デヴィッドは、彼の3枚目のアルバムThe Other Side of Downの中で、その理想の女性に捧げる曲までも書いている。曲名は”My Kind of Perfect”。
「いつか現れるその女性が誰であれ、ぼくは、ぼく自身でありたい。これが、ぼくのラブソングなんだ。その女性がどんな人なのかを気にしながらね。」

音楽の力
何について歌うかに関係なく、アーチュレッタの目標は、自分の音楽と強い性格を通じて、人々の心に触れることである。
「音楽はぼくの人生を変えた。だから、ぼくも誰かに対して同じことができたら、と思う」と彼は説明する。「ぼくは、とにかく正直でありたい。本物のメッセージを持つものについて歌いたい。それは、ぼくの心のいる場所であり、ぼくが愛するものだ。ぼくは、それこそが自分がなすべきことだと思っている。」
アーチュレッタは、音楽が人々の心に届く方法と、御霊(みたま:Spirit)が音楽を通じて人々の心に届く方法が故に、自らのキャリアを選択したと言う。「ぼくが音楽をやる理由は、それを感じるからだ。つまり、御霊なんだ。それが、ぼくが探し求めているものだ。ぼくが歌うことを通じて人々と繋がりたいと思うのは、そのためなんだ。」と彼は言う。「ぼくが歌うと、『いままでに感じたことないものを感じたわ。とにかくありがとうって言いたくて』と言う人がいる。東海岸の人たちや他国の人々からそういう手紙をもらうのは、いつだって興味深い。」
彼はこう付け加えた。「自分がなろうとしている人についてであれ、自分が演奏しようとする音楽の種類についてであれ、どんな些細なことでも誰かに影響を与えることができるっていうのは、いつだって驚くべきことだよ。」

Glad Christmas Tidings
アーチュレッタが音楽を通じて御霊を伝えるために持ったこれまでに最も力強い機会は、去年、彼がモルモン・タバナクル合唱団と一緒に出演したクリスマスコンサートだろう。彼は、アメリカン・アイドルが終わったあとすぐに、合唱団との公演に招かれていた。しかし、残念ながら彼は他の義務に拘束されていたため、その時点ではそれがかなわなかった。しかし昨年は、ついに彼のスケジュール上でこの名誉ある招待を受けることが可能になった。
「合唱団と一緒に歌うことは、素晴らしい経験だった」と彼は言う。「緊張で神経がピリピリするけれど、それでも素晴らしい。ぼくはずっとモルモン・タバナクル合唱団を聞きながら育ったからね。彼らがぼくを誘ってくれて、一緒に歌うことができるなんて信じられなかった。とても名誉に思うと同時に、本当に恐縮してしまった。自分のこれまでのすべての経験を超えて、あれは本当に特別だった。自分が今まで成し遂げたことの中で、最も素晴らしいことの1つだと思う。」
その頃のアーチュレッタは3枚目のアルバムのプロモーションで飛び回っていたので、彼がリハーサルのためにユタに戻れたのは、コンサートの約3週間前になってからだった。「あまり時間がなかった」と彼は思い出す。「ぼくがようやく戻れたとき、マック・ウイルバーグに会うと、彼はとっても心配していた」アーチュレッタは笑った。「マックはぼくに『やらなきゃならないことが山ほどあるぞ』って言ったよ。」
ラテン系の彼は、ウィルバーグが彼のために特別に選曲したスペイン語の曲”Los Pastores a Belen”にとても興奮した。アレンジが完成したのはコンサートの数日前だったにもかかわらず、アーチュレッタはこの曲を、ラテン・バウンスをふんだんに用いたアップビートの傑作に変えて完璧に歌った。「あれは、ぼくが大好きな曲だ」とアーチュレッタ。「あの曲と、あとSilent Nightがね。」
彼は続けた。「最初のパフォーマンスは、本当に怖かった。合唱団が近年築きあげてきた評判に、自分が応えることができるかどうかわらからなかったんだ。多くの人達が、ぼくに懐疑的だった。年配の観客は特にね。まだ若かったし、アイドル以降のぼくのキャリアは完全にポップ路線で、ティーン中心だったから。でも、結果的に得られたレスポンスには満足している。自分が十分に教会を代表し、合唱団を代表することができたと思いたい。」

Stay in Tune
アメリカン・アイドルのオーディションを受けるという決断から、歌う曲の選択や個人的にどうふるまうかの決断に至るまで、アーチュレッタは、霊感を受け取り、神と他の人々に仕えるためにどうすれば最善を尽くせるかを知るために、霊的に強くあろうと努めてきた。
「ぼくが、現在このような活動をしている第一の理由は、天の御父のためだ」彼は説明する。「ぼくは自分のためにこれをしているんじゃない。ぼくは、天の御父を喜ばせるような方法で自分の人生を生きようとしているんだ。ぼくは、天の御父が、ぼくがこうすることを、そして、それをこのような方法で行うことを望んでいると実感したんだ。誰もが自分に与えられたものを分かちあうべきだ、そうでしょう?ぼくにとって、それは音楽だけじゃなくて、ぼくが為すことすべてなんだ。ぼくはいつも、この人生を最も意味あるものにするために何をすることが必要なのかを問うている。それは、神の召しのようなものだと思う。」
20歳のLDS教会員として、あまり伝統的な生き方をしていないことや、現在まで正規の伝道に出ていないことについて、しばしば詮索され、批判を受けている。しかし、アーチュレッタは何が自分の道なのかを知る自らの力について、揺るぎない信仰を持っている。
「ひとはみな、ぼくの人生についていつも彼らの意見を言うけれど、ぼくは自分が何をすべきか、何をすべきでないかを知っている」と彼は言う。「ぼくは、決定がどのように自分に影響を及ぼすのか、またほかのひとに影響を及ぼすのかについて考える。そして、ぼくはいつも、どうすれば自分の人生を最も価値あるものにできるかを探し求めている。ときには、得られる答えがずっと後になるまで意味をなさない場合もある。他の人には何の意味ももたない場合もある。でも、ぼくは自分が常に感じる”感じ”に耳を傾けようとしている。それは、ときにはとても恐ろしく感じられるけれど、ぼくは、それを信じることを学んできたんだ。」
そして彼はこう付け加えた。「今後のぼくの決定は、それが個人的なものであれ、歌手としてのものであれ、人々を驚かせるかもしれない。ぼくは、ぼくが何をしようと、みんながぼくを理解してくれるといいなと思う。ぼくは、天の御父がぼくにそうせよということをしようとしているだけなんだ。」

◆◆◆ ◇◇◇ ◆◆◆ ◇◇◇ ◆◆◆ ◇◇◇ 



いまのデヴィッドがいまのようにあることに、信仰がかなりの影響を及ぼしていることは否定できません。
願わくば、その信仰が特定の教義や宗派にとどまることなく、より普遍的なものにならんことを。

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ディズニー、AI そして X !? & Merry Christmas! [インタビュー・記事]

デヴィッド・アーチュレッタのクリスマス・ツアーは無事終了しました。20回に及ぶツアーの間、実は行く先々の地方のメディアがコンサート前(コンサートの宣伝用記事)と、コンサート後(コンサートの批評記事)に、デヴィッドを取り上げた記事を掲載していました。
ほぼ毎日のことなので、内容の大半はすでにAAAに取り上げているインタビューと被ります(なぜ、クリスマス・アルバムを出したのか、クリスマスへの思い、次のアルバムの内容や発売予定、曲づくりについてなど)。
そんな中で、カリフォルニア・クロニクルのコンサート前記事が、ちょっと面白かったので、紹介します。

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アメリカン・アイドル出身のアーチュレッタは、クリスマスCDが観客層を広げることを期待している
(2009/12/12)

エンターテイメント界の巨人ディズニーが、この夏、あなたをティーンのポップ・プリンセスと一緒にツアーさせたり、今が旬の看板女優のTV番組で彼女とデュエットさせたりしたら、誰だって自分はいいキャリアを築いていると思うだろう。
でも、2008年のアメリカン・アイドル準優勝者のデヴィッド・アーチュレッタには、もっと大きな目的がある。自分の音楽を、ティーンのポップ界だけでなく、より広い観客層に聴いてもらって、自分の芸術性を確立することだ。
アーチュレッタは、まもなくプラチナに達しようかという2008年に発売した自分の名前を冠したデヴュー・アルバムから2曲のヒットシングルを出している。彼は、だからこそ、次のアルバムは「もっと自分のパーソナリティを示すものにしたい」のだと言う。

「それが、"クリスマス・フロム・ザ・ハート"をレコーディングした理由のひとつなんだ」と今月19歳になるアーチュレッタ。このクリスマス・アルバムは10月に発売され、今週はビルボードのアルバム・チャートの34位にいる。
「それが、このクリスマスアルバムの目的なんだ。何の境界も、何の制限もない音楽だから。『これは、子供たち向けね』っていうんじゃなくてね。」「これなら聴きたいなと思う人が誰でも聴ける。だって、クリスマス音楽なんだから、境界はないんだよ。」

もちろん、アーチュレッタには、ディズニーから何かオファーがあれば、そのチャンスは拒否しがたいものだということがわかっている。春のソロツアーを成功裡に終えたあとの出来事が、それである。彼はディズニーから、デミ・ロヴァートの初のソロツアーに同道して欲しいとアプローチされた。
「彼らはぼくに、ただツアーに来るようにって招待してくれたんだ。それに対して、ぼくはOK!って答えた。あれは、とても面白かったよ。アリーナでのコンサートを再び経験できたのは、よかった。デミはとっても才能があるし、本当に格好いいしね」。ツアーは、ティーン・チョイス・アワードの「ベスト・ツアー」賞を受ける程度には成功し、アーチュレッタは他にもブレークアウト・アーティスト賞を受賞。さらに"Crush"でベスト・ラブソング賞も受賞した。
7月には、再びディズニーがマイリー・サイラスとの "I Wanna Know You"のデュエットを持ちかけた。この曲は「ハンナ・モンタナ3」のサウンド・トラックに入っている。このアルバムもシングルも、共にビルボードのチャートに入っている。

「たぶん、ぼくのイメージがそれに合っていたんだろうね」とアーチュレッタは笑いながら言った。「ぼく自身は、ディズニーをやろうとしたことはないんだ。たぶん、ぼくに自動的にその種のイメージがあったのだと思う。ぼくは、とてもクリーンなイメージを保とうとしているし、音楽もポップだから。自分の音楽が子供たちにOKだってことがわかって嬉しいよ。」 しかし、彼は同時にディズニーのスターになることの限界に気づいていて、自分のコンサートには、もっと年配の人々も来るのだと言った。「観客の半分くらいは子供たちだけど、残り半分は、たぶん、アメリカン・アイドルの視聴者じゃないかな。年配の人達もかなりいるんだよ」「ぼくの音楽は、音楽を楽しみたい人々みんなのものだから。」

アーチュレッタは、「アイドル」には恩義があると言う一方で、そのイメージを超えて行きたいと考えている。
「彼らがぼくに投票してくれたから、ぼくは今これができる。でも、ぼくが"アメリカン・アイドル"をやりたかった理由は、自分のキャリアが築けると思ったからなんだ。"やあ、ぼくはアメリカン・アイドルに出てたんだよ”って言うんじゃなくて、みんなが、ぼくが力を尽くしてきたことに基づいて"やあ、デヴィッド・アーチュレッタ"って言ってくれて、アーティストとして尊敬されるようになりたいんだ。」

アーチュレッタは、クリスマスCDを出すというのは、彼には容易な選択だったという。「ぼくは、以前からクリスマス・キャロリングしていたし、自分のパフォーマンスキャリアのごく初期のころから歌っていたから。ぼくが覚えている限り、最初に観客の前で歌ったのは、クリスマスの時期だったと思う。確か'I Saw Momma Kissing Santa Claus (ママがサンタにキスをした)' を歌ったんだよ」と、アーチュレッタはにっこりと笑いながら話した。

彼は、アルバムの中の1曲"Melodies of Christmas" を書いている。そして、次のアルバムではもっと多くの曲を書きたいと考えている。
「曲作りは、本当に楽しいんだ。それが自分が言いたいこと、人々と分かち合いたいことだから。それが自分であり、自分の心にあることであり、そして、自分が何者であるかを示しているんだ。」
次のアルバムがポップ・アルバムになるのかどうかをたずねると、彼は「より、自分のパーソナリティを示すものになると思う。つまり、自分はすこし変わってるから。その部分を自分の音楽の中にも出したいんだ。決して自分が、暗い、神秘的な人間ってわけじゃなくてね。」
彼はさらに、自叙伝も執筆しているという。「これもまた、向こうから訪れてきた機会なんだ」と彼は笑う。「最初は、ぼくはまだ、自分の人生を語るような年齢じゃないぞ、と思ったよ。まだまだ人生この先長いはずだからね、たぶん。でも、みんなは、ぼくがこれまでに歩んできた道のりに何があったかを知りたいかな、と思ったんだ。」

しかし、これほど忙しい日々を送っていると、ロマンティックな関係の方は、まだ先になりそうである。「2ヶ月くらい前にデートはしたよ。でも、それって、ぼくがいかにデートしてないかを示してるよね。」「何度もデートするってことはしてないし、ましてや真剣なデートなんて全然。たぶん、ふさわしい人に出会うときを待ってるんだと思う。」
今年2月のインタビューで、アーチュレッタはファースト・キスはまだだと言っていたが、それは変わったのだろうか?彼は笑って言った。
「繰り返すけど、ふさわしい人に出会うのを待ってるんだ。それって、その瞬間を探し求めるっていうものでは、ないでしょう?わからないけど。ぼくは、それが特別な相手だってことを確実にしたいだけなんだよ。」

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さて、やっぱり記事が遅くなり、日本ではクリスマスが終わってしまったので、アメリカ時間のあなたにおくる(無理がありすぎるぞー)、Merry Christmas♪  
そう、例のブツなので、続きを読むから、どうぞ~。

※あ、でも、kennyさんとyouさんは、たぶん12/25に一度記事を見てくれているはず。ありがとー♪ 

続きを読む


デミ・ロヴァートのチャットに参加したデヴィッド(2009/7/16)-サクラメントにて [インタビュー・記事]

えーと、なぜこのチャットを今ここで?
それはね、単にデヴィッドの「トトロ」っていう発音を聞いてみたかったから~。

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デミ:特別ゲストの登場よ。みんな、デヴィッド・アーチュレッタよ。ようこそ!
デヴィッド:やあ!どんな感じ?
デミ:イエイ!あら倒れそうだわ。
デヴィッド:ゆっくりね。
デミ:ゆっくりっと。じゃ、行きましょうか、いい?
デヴィッド:あの曲好きだな。うわあすごいね。こういうの見たことないや。.
デミ:じゃあ行きましょうか
デヴィッド:♪Here we goooo♪ あ、気にしないで。
デミ:あら何か歌って。みんないつも私に何か歌ってくれないかっていうのよ。
デヴィッド:いや、っていうか、僕は歌うのが絶対に止められないんだ。それが僕の問題なんだけど。
デヴィッド:今サウンドチェックから戻ってきたところ。君のサウンドチェックはどうだった?
デミ:私のサウンドチェックはうまくいったわよ。あなたは?
デヴィッド:それはいいね。ぼくは・・あれ、邪魔してるかな?
デミ:いいえ、ただどの質問に答えようかと思ってるところよ。
デヴィッド:へえ、いいね。
デミ:「うわあ、デヴィッドだ。OMG!」
デヴィッド:ありがとう。
デミ:みて、あなたにたくさん来てるわ。「OMGデヴィッド、愛してるわ」
デヴィッド:ああ、ありがとう。 あはは
デミ:「あなたってとっても可愛いわ。OMG、ああ、愛してるわデヴィッド」“
デヴィッド:いやあ、あはは。
デミ:「愛してるわデヴィッド。この色男!」
デヴィッド:違うよ。
デミ:すごい、モテモテね。
デヴィッド:あはは。
デヴィッド:それってすごい矛盾した言い方だよね。色男デヴィッドってのは・・・
デミ:そう!
デヴィッド:ははは。
デミ:「デヴィッド、愛してるわ」
デヴィッド:ありがとう。ありがとうみんな。ごめんね、君の邪魔してるね。
デミ:そんなことないわ。
デヴィッド:時間が・・
デミ:ちょうどこうやってるのに退屈していたから。メッセージを打って・・・
デヴィッド:いつもはどんなことを言ってるの?
デミ:ママにターゲットでの買い物リストをメールしてるのよ。
デヴィッド:へえ。
デミ:ママは、私がターゲットで何か欲しかどうかを知りたいようだから、ママに何が欲しいかをメールしてるのよ。
デヴィッド:あはは。
デミ:でも、必ずしも伝わらないんだけど。
デヴィッド:君のママに僕からよろしくって伝えて。それにお会いしたいです、って。
デミ:ええ、OKよ。え、マジで?「デヴィッドがよろしくって・・・」
デヴィッド:それでここで質問に答えるの?
デミ:そうよ。
デヴィッド:いいね。
デミ:「クラッシュは、いままでで最高の曲だわ」
デヴィッド:ありがとう!ええっと「L-E-I-G-H」ってなんて読むのかな?
デミ:リーじゃない?
デヴィッド:リー!本当?
デミ:ええ!
デヴィッド:それはいいね。
デミ:「あなたのテディベアはどうしたの?」ここらの質問は私にはよくわからないんだけど。
デヴィッド:君に?僕に?うーん、彼女はたぶんトトロのことを話してるんじゃないかな。トトロって聞いたことある?
デミ:いいえ。
デヴィッド:知らない?あんまりみんな知らないみたいだ。妙なアニメなんだけど。僕はその写真を撮ったんだ。僕の初めてのTwitpic(※TwitterでUPした写真)だよ。小さなぬいぐるみのトトロで、誰かがぼくにくれたんだ。
デミ:スペイン語は話せる?
デヴィッド:あんまり。君は?
デミ:話せるみたいね。私には読めないわ。
デヴィッド:そうだね、少しは話せるけど。ブロークンだよ。
デミ:ほんのちょっとね(Poquito)
デヴィッド:そう、ほんの少しだけ。(Un poco. No mucho.)
デミ:そう。
デヴィッド:ちょっと残念だよね。両親は話せるから。
デミ:それで彼はどこに行ったの?
デヴィッド:…トトロのこと?
デミ:ええ!
デヴィッド:えーと、彼は今ぼくのバックパックの中じゃないかな。このアニメは、僕が子供の頃に本当に大好きで。大きな、うさぎみたいな感じなんだけど。うーん、ちょっと説明しにくいんだけど。アニメなんだ。
デミ:ポケモンみたいな?
デヴィッド:最初に見たときは、僕もポケモンだと思ったんだ。ちょうどポケモンに夢中だった時期だったから。「これ、新しいポケモン!?」って思って。 でも、それはトトロだったんだ。
デミ:ふーん。トトロ!
デヴィッド:どうやってこれについて行ってるの。動きがすごく早いけど。
デミ:そうなの。質問に答えてる途中で消えちゃうのよ。
デヴィッド:それに、永遠に終わらない!
デミ:「Camp Rock2の準備はできてる?」 もちろん!!
デヴィッド:それは何?
デミ:ツアーが終わったら始まるのよ。
デミ:「アリゾナにも来ますか?」
デヴィッド:もうアリゾナには行っちゃったよ!
デミ:そう、どこに行くの?
デヴィッド:あはは、Go!トトロ!
デミ:「2人一緒だと、とてもかわいいわ」
デヴィッド:ありがとう!
デミ:ありがとう。あなたは私の兄弟みたいだわ。
デヴィッド:♪He’s my brotherrrrrrrrrr.♪ うーん、あんなふうには歌えないなあ。
デミ:私はやらないわよ。
デヴィッド:♪Don’t wanna try, don’t wanna try, don’t wanna tr♪ あれ、続きは何だっけ?あ、気にしないで。
デミ:それ、フランキー・Jの曲じゃない?
デヴィッド:うん!
デミ:「デヴィッド、自分でメークするの?」
デヴィッド:ぼくはメークしてないよ。
デミ:これは、実は私の質問よ。からかってみたの。
デヴィッド:あはは、OK。だってぼくはメークしないから。アイルランド。ぼくはアイルランドに行ったことないなあ。
デミ:そうね、私も行きたいわ。私はアイルランド人なのよ。
デヴィッド:君が?
デミ:私はアイルランド人よ。ヒスパニックで、イタリア人で、アイルランド人なの。
デヴィッド:うわあすごい。ぼくはホンジュラス人で・・つまりヒスパニックなんだけど。それにデンマーク人。
デミ:じゃあ、あなたデニッシュ食べる?
デヴィッド:デニッシュ?
デミ:朝ごはんとかに。.
デヴィッド:ぼくはエイブルスキーバーを食べるよ。
デミ:それなに?
デヴィッド:デンマークの料理。デンマーク版パンケーキみないなんだ。 こんなちっちゃい丸い形なんだ。本当においしいんだよ。どうやって作るのか勉強しないといけないんだけど・・・なんていうか、つまようじでひっくり返すような、おいしいんだよ。
デミ:モチボールを食べたことある?日本のなんだけど、アイスクリームなの。それがお米か何かでくるまれてるのよ。おいしいの。
デヴィッド:食べたことないなあ。どこで買えるの?
デミ:Trader Joe’sよ。
デヴィッド:ぼくTrader Joe’s大好きだよ。
デミ:Trader Joe’sはすてきよね。
デヴィッド:あそこには、びっくりするようなものが一杯あるんだ。
デミ:でも、ガムは2つのブランドしか置いてないわ。前にガムを買おうと思ったら、ヘンなハーブのガムしかなかったの。
デヴィッド:ハーブのガム。あはは。ぼくはガムは食べる、っていうか噛まないんだ。もしガムを食べたらやっぱりヘンだよね。ガムはかまないと。
デミ:「あれはおいしいわよ。もち!」ね?
デヴィッド:へえ、いいね!
デミ:なんか私がここにいるのはよくないわね。,
デヴィッド:かまわないよ。みんな僕を見てるわけじゃないんだから。
デミ:あら、あなたを見てるのよ。あなたは、そうねここに400人ものガールフレンドを持ってるってわけ。
デヴィッド:君に400人の友達がいるんだよ。ところでここには何人いるの?
デミ:わからないわ。400人って言ったけど。
デヴィッド:うわあ、すごくたくさんの質問だね。彼らにはいまぼくらが話してることがみんな聞こえてるの?
デミ:そうよ。ああ、26000人だって。
デヴィッド:OK. かなりの数だ。
デミ:私はてっきり400人ぐらいがここにいるのかと思っていたわ。
デヴィッド:「オレゴンのポートランドには行かなかったの」
デミ:バンドがお休みだったのよ。
デヴィッド:ああ、僕はそのときレコーディングだったんだ。だから、そこにはいなかった。クリスマスソングのレコーディング。
デミ:うわ。真夏にクリスマスソングのレコーディングっていうのは、私は嫌だなあ。
デヴィッド:あはは。最初は僕も・・・でも慣れてきたよ。ぼくはクリスマスソングが大好きだから。今じゃクリスマスが待ち遠しいよ。
デミ:みて、妙なもの見つけたわ。あそこにクリスマスのポスターが!
デヴィッド:ほんとだ。
デミ:すごいヘン!
デヴィッド:この前ここに来たときは、ちょうどクリスマスコンサートだったんだ。ジングルの。ジングルのコンサートでサクラメントに来たんだ。
デヴィッド:そこで初めてションテルに会ったんだよ!ぼくの友達のションテルに。彼女「Tシャツ」の曲を歌ってるんだ。
デミ:ああ「Tシャツ」の歌ね。私Tシャツの歌好きよ。
デヴィッド:♪Danananananana na na na mm…♪ションテルだよ。会いたいなあ。
デミ:私ションテルに会いたいわ。まだションテルを知らないもの。
デヴィッド:ションテルに会うべきだよ。彼女はクールだよ。バーバドスの出身なんだ。
あれ、バーベイドスだっけ?よくわからないけど。ごめん、ぼくしゃべりすぎかな?
デミ:いいえ。私は質問を読もうとしてるのよ。
デヴィッド:あ、ごめん。
デミ:いいえ!
デヴィッド:彼女は君のスカーフが好きだって!.
デミ:ありがと~!「どんなお店で買い物するの?」
デヴィッド:どんな店で?僕は、例えばH&Mとか・・
デミ:H&M? アーバン・アウトフィットね。
デヴィッド:TopShop’s もいいよね。
デミ:ええ。でもあそこの服は長持ちしないのよ。
デヴィッド:ほんと?
デミ:ええ。ほんの1回くらいしか洗えないの。
デミ:そろそろ行かないと。みんなと話せて楽しかったわ。
デヴィッド:みんな、またね。
デミ:バイ!!
デヴィッド:ありがとう、でも邪魔してごめんね!
デミ:これどうやって切るのかしら。もう行かないと。
デヴィッド:OK。ミート&グリートに行かないとね。
デミ:私もよ。
デヴィッド:OK! ミート&グリートタイムだね。
デミ:ミート&グリート! Woo!

★★★ ★★★

デミちゃんが、なぜトトロのところでスペイン語の話をしたか。たぶんトトロっていう音がスペイン語の響きに聞こえたからかしら。トロってスペイン語では牛のことなのよね・・・確か。
しかし、アメリカにも「雪見大福」が売ってあるとは知らなかった・・・。



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Rickey met David in NY on May 28, 2009 -リッキーとデヴィッド・アーチュレッタ [インタビュー・記事]

rickey-david1.jpg


リッキー・ヤネザをご存知ですか。そう、アメリカン・アイドルやその他人気のあるリアリティ番組やTVドラマのブログ"Rickey.org"を運営しているニューヨーク在住のフィリピン人です。彼は、同時にフィリピンの芸能人やTV番組を扱ったPiony Rickeyというブログも運営しています。

アメリカン・アイドルのシーズン7では、デヴィッド・アーチュレッタを強力プッシュし、かなりの広報・宣伝活動をしてくれました。当時、毎日のようにRickey.orgをご覧になっていた方も多いと思います。リッキーは、毎年多くのコンテスタントたちに直接会って話をしたりしているのですが、デヴィッドとは、なぜかこれまで一度も話をする機会がなかったんです(AI7終了後にNYにきたデヴィッドを見たことはあった)。彼のデヴィッドへの貢献ぶりからいえば、当然とっくに会っていて然るべきだったんですが・・・。

そしてAI7のフィナーレから約1年後の2009年5月28日、デヴィッドがニュー・ヨークのP.C. Richard & Son TheaterでZ100のライブに出演したときに、リッキーはついにデヴィッドと直接話をし、ツーショット写真を撮影することができました。↑はそのときの写真です。

この日のデヴィッドのパフォは、このシリーズ↓ 



このときのリッキーのブログです。

ニュー・ヨークのアーチ・エンジェルズたちがちょうど1周年記念で顔をあわせたこの日、ぼくはようやくデヴィッド・アーチュレッタと少しだけ話すことができ、写真も撮ることができた。まるで空想の世界にいるみたいだった。それでぼくの人生が変わったかって?いや、そんなことはない。でも、いくつかの点を考え直すいい機会になった。

ダッチュレータ(※Dad + Archuleta = Dadchuleta デヴィッドのお父さん、ジェフのことです)がぼくに、ブログの調子はどうだい?と聞いたので、絶好調だ、と答えた。ジェフは、ここ1年、ぼくにはずっと良くしてくれた。ジェフを批判する人々は、彼はアイドル後の息子のキャリアをダメにしてしまうだろうと言っていたが、実際には息子のキャリアを上手にマネジメントしてると思う。ただ、ぼくは彼が少し丸くなったと感じた。たぶん、音楽業界に1年間いて、少し賢くなったんだと思う。そして、いかに多くのデヴィッドファンが、さまざまな理由でRickey.orgから去っていったかを思い出した。このサイトを頻繁に訪れていた大半のデヴィッドファンは、 SnarkyArchies, Fans of David、NotingDavidに移って行った。今では、彼らは独自でセルキャストまで行っている。Rickey.orgは常に、「ニュー・ヨークのアーチ・エンジェルズたち」の非公式なホームであり続けるだろう。ぼくは、デヴィッドのニュースをできる限り入手するつもりだ。彼らが毎日のように訪れてくれなくても、そしてコメントをくれなくても(コメントは、、ぼくにいつもアメリカン・アイドルの大ファンとしての自信を与えてくれるんだ)、ぼくは成長を続けてきた。ファンは訪れては去っていくが、リッキーは常にここにいる。

木曜日のコンサートは、実によかった。新しいP.C. Richard & Son Theaterで行われたのだが、ここは、ステージがあるとても大きい部屋なんだ。アルバムの発売に適した会場で、とっても親密感がある。ルーニールナ(偽名)がぼくのために早くから並んでくれたおかげで、ぼくは前列を確保できた。Sayervilleでの経験から、ぼくは端のほうに陣取った。歓声をあげる少女達100名を真後ろに従えることは、かなりのトラウマになるからね。

ハイライトは、“Touch my Hand”でデヴィッドの手に触れたこと。彼が手を差し伸べてぼくらがみんなそれに触れる。ずいぶん長い時間触れていたような気がする。デヴィッドはルーニールナ(偽名)にも歌いかけてくれた。たぶん、これがぼくにとって一番うれしかったことかもしれない。ルーニーやほかのエンジェルズたちが、夢中になるさまのを目にしたことが。まるでプライベートなコンサートに参加しているみたいだった。彼は前列にいるぼくらだけのために歌ってくれているかのようだった。Z100によるQ&Aもすごくよかった。デヴィッドが、どんなに「レタス好きか」を話すところが気に入った。

コンサートの後で、デヴィッドと写真が撮れないかどうかトライしてみた。難しいかとも思ったが、その場に残った人みんなに彼と写真を撮る機会が訪れた。でも、劇場の外の歩道で、小雨の中での撮影になったけど。
ジョシュがついにデヴィッドとのツーショットを撮影した。そしてぼくも。ぼくは自分のセクシーな顔をかいたラケットにサインしてもらった。デヴィッドは、「これって、クリス?」と言った(!)。ぼくだよ、リッキー、と答えると、彼は会えてうれしいよ、NYに住んでるの?と聞いた。そして、コンサートを楽しんでもらえたのならうれしいな、と言った。

ぼくは、仲間のファンといっしょにコンサートを観て、そしてジェフと再び話をすることができた。1年間も辛抱強く待って、とうとうデヴィッド・アーチュレッタに会った。去年の熱狂的な感情に比べると、それは、とても穏やかな感じだった。これがたぶん、あるべき姿なんだろうな。

☆☆☆☆☆   ☆☆☆☆☆   ☆☆☆☆☆


このリッキーの感想は、私にはとても興味深いんです。もともと、Rickey.orgというブログは、AIを中心としたリアリティ番組のブログで、mjsbigblogと同様に、基本は客観的にコンテスタントたちのパフォーマンスを紹介し、読者が自由に意見を書き込むスタイルです。
しかし、mjが(記事に多少の感想は入るものの)一貫して客観的に情報を提供し続けるのに対し、Rickeyはそのシーズンのお気に入りのコンテスタント(基本的には、ティーンの読者層に訴求力が高いコンテスタント)を見つけては、そのコンテスタントに肩入れする記事をUPしています。当然シーズンごとにお気に入りが変わるわけですが、リッキーは、S6のサンジャヤとS7のデヴィッドについてだけは、わざわざタブを別立てして、ずっと追いかけ続けています。

AI7の終了後、リッキーが記事中に書いているように、デヴィッドには、強力なファンサイトが複数できました。Rickey.orgのようなブログの役割は、AI7終了時点で終わっているのに、なぜデヴィッドのタブを残すのかと疑問に思っていました。なるほど、リッキー自身、明確な答えを持ってそうしていたわけではないんですね。
全世界から見れるブログがなぜ「ニュー・ヨークのアーチ・エンジェルズたち」の非公式なホーム、なのかはよくわかりませんが、コメントをくれている人たちが、NY在住者ということなのでしょうか。あるいは、何か機会があるたびに会えるから、なのか・・。いずれにしても、デヴィッドの情報源が多いのは、ありがたいことです。

☆☆☆☆☆   ☆☆☆☆☆   ☆☆☆☆☆


さて、それから約1ヵ月後の2009/6/25に、リッキーはデヴィッドのニュー・アークのコンサートに出向きます。もちろんVIPから参加。
まずはVIP恒例の3名のQ&Aで、リッキーの知人が質問権を引き当て、リッキーに質問を考えるように依頼。それがこれ。
Q:アニメの声優をやるとしたら、何の役をやりたいですか?またその理由は?
D:デヴィッドはなにも思い浮かばないようだった。みんなニモっていうのを期待したんだけど。でも彼は最初「さえずる鳥」と答え、それから「にわとり」と言い直した。次のピクサーのアニメでは、デヴィッドのにわとりが楽しめるかも!?

VIPでのツーショット写真はこちら↓

david-rickey-newark.jpg


リッキーが着用しているのは、アンドリューくんのイラスト入りTシャツです。デヴィッドは、なぜ1つだけさかさまなのかと質問し、リッキーは、去年のAIツアーでデヴィッド・クックと一緒に逆立ちしたときのだよ!と答えます。

ただ、この日はマイケル・ジャクソンが亡くなったというニュースが入った日で、リッキーは少々気もそぞろだったようです。それにSo You Think You Can Dance(日本名:アメリカン・ダンスアイドル)をブログにUPするために、大急ぎで家に帰らないといけなかったので、デヴィッドのセットの途中で会場を抜け出しました。

そうそう、この日はジェフ・アーチュレッタは見当たらなかったそうです。


◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇

おまけ

2009/6/20 父の日

デヴィッドのtwitter
みんなが、きょうの良き日を楽しんでいますように。ぼくは楽しんだよ!すべてのお父さんへ、父の日おめでとう!


ディザレット・ニュースで紹介された、末日聖徒イエス・キリスト教会大管長のことば。
アーチュレッタ家に深く同情する。デビッド・オーマン・マッケイ管長は、すべての子供には3つのものが与えられていると述べた。名前、成長の機会、それに安心感である。アーチュレタ氏は家族、彼の教会そして彼自身を裏切った。彼の家族にとって、なんと心の痛む父の日になったことだろう。彼らに祈りを捧げる。
※上記は、一個人の意見です。
『デビット・O・マッケイ大管長は生前、「すべての子供には3つのものが与えられている。名前、成長する機会、それに安心感である。」と述べていた。それを引用すると、わたし(Grace)はアーチュレタ氏は家族、彼の教会、そして彼自身を裏切った、と思う。彼の家族にとって、なんと心の痛む父の日になったことだろう。彼らに祈りを捧げる。』
詳細は、コメント欄のMarukoさんのコメント参照。

◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


※リッキーについて※

アメリカン・アイドルをメインに、Dancing with the Stars, So You Think You Can Dance, Project Runway, Survivor, Lost, Heroes, Ugly BettyなどのTV番組をブログで紹介し、多数の読者をつかむ。
2年前までは、コンピュータの修理業で生計を立てていたが、現時はインターネットで生活できているらしい。
リッキーいわく、自分がこの人生で何をしたいのかがまだわかっていない、漂う葉っぱのような状態にいる、とのこと。

rickey-wings-150.jpgリッキーさんは、セルキャスト(※)を行うときに、頭にこのようなかぶりものをつけ、その姿をPCカメラ経由でリアルタイムでネットに流しながら、セルキャストの内容にいろいろとリアクションするんです。

※セルキャスト:コンサート会場などにいる人から、携帯電話経由でコンサートの音声を受け取り、それをそのままインターネットに流す。これだとただ音だけになるので、音声と同時に携帯電話の受け手がその音声を聞いて反応する自分の姿をPCカメラ経由でネットに流す。一般的には、大勢の人が周囲にいる、電波が良いとはいえないコンサート会場からの携帯電話なので、音はかなり悪く、それを聞いていちいち反応する人物(この場合はリッキーさん)のPCカメラ経由の画面はただでさえひょうきんに感じる(私見)。それをごまかすためか、少し変化をつけようとする親切心なのかは不明だが、いつも奇抜なかぶりものなどをして、視聴者を楽しませようとしてくれる(?)。


rickey-logo.gif最近Rickey.orgはほとんどお邪魔していなかったので、リッキーさんのセクシーな写真(絵?)がどのことかはわからない。でも、クリスと間違えるくらいだから、この写真みたいな感じかしら?

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この1年で最も稼いだアイドルTOP 10 by Forbes [インタビュー・記事]

IMG_3100.jpgIMG_3188.jpgIMG_3190.jpg

このマニラのコンサートの写真、なんだか信号機みたいでしょ♪ ただそれだけ。

さて、Forbes誌が2008年6月から現在までの1年間に、もっとも稼いだアメリカン・アイドル出身者のTOP10を発表しました。

1. キャリー・アンダーウッド:1400万ドル(約14億円)
2. ジェニファー・ハドソン:500万ドル(約5億円)
3. ケリー・クラークソン:420万ドル(約4億2千万円)
4. ジョーダン・スパークス:310万ドル(約3億1千万円)
5. ケリー・ピックラー:230万ドル(約2億3千万円)
6. クレイ・エイケン:220万ドル(約2億2千万円)
7. クリス・ドートリー:200万ドル(約2億円)
8. デヴィッド・クック:200万ドル(約2億円)
9. デヴィッド・アーチュレッタ:130万ドル(約1億3千万円)
10. テイラー・ヒックス:30万ドル(約3千万円)

優勝者
準優勝者

上記の数字は総所得。つまり、デヴィッド・アーチュレッタが実際に家に持ち帰ることができるのは、130万ドルから税金やその他の経費を差し引いた40万~50万ドル(4千万~5千万円)だそうです。
これまでの7名の優勝者のうち5名がランクイン。準優勝者でランクインしたのは2名です。

◇デヴィッド・クックの収入は、デヴュー・アルバムの売り上げ(110万枚)、ライブツアーの収益、スニーカーメーカーのSkechersとのスポンサー契約料など。

◇デヴィッド・アーチュレッタの収入は、デヴュー・アルバムの売り上げと100を超えるライブ・コンサートの収益。

◇キャリー・アンダーウッドは、デヴュー以来今日までに、アルバム960万枚を売り上げ、1070万ダウンロードを記録しているそうです。コンサートは300回以上をこなし、コンサートごとの収入はなんと約35万ドル(3500万円)で、これをプロモータと分配するとか。

◇ジェニファー・ハドソンは、ご存知のとおりアカデミー助演女優賞を受賞。映画の出演料とGAPやAVONのCM出演料などで500万ドル。

Source

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