So-net無料ブログ作成
検索選択

アメリカンアイドル:最後のフィナーレ by デヴィッド・アーチュレッタ

さてさて、知らない間にアメリカン・アイドルのファイナル・シーズン(シーズン15)が終わったようでございます。
※なんせ、マッケンジーくんが姿を消してからは、Pさんが後を追いかけてくれなかったんで、いつ終わったのかはよくわかりません。すいません。

ともあれ、アメアイが終わったぞ~ってことで、めばるさんのリクエストにより、めばるさん用に、デヴィッドのブログ「アメリカンアイドル:最後のフィナーレ」の訳をメモがわりに掲載。

なお、もともとブログ訳はしていなかったし、やたら人名が多いし、神語はわからないし・・・ってことで、なんとなく意味がわかればOKってことにして、不自然な部分や人名カタカナ標記の誤り、宗教関連用語には目をつむってくださいね~。

アメリカンアイドル:最後のフィナーレ
原文はこちら

IMG_8522_leadin-1080x675.jpg


先週は、アメリカンアイドル最終シーズンのフィナーレだった。 当初は参加できないと思っていた。 いつもは5月がフィナーレなのに、今年は4月に予定されていたし。 番組がこれまでのコンテスタントに出席の連絡をしてきたとき、僕の予定は埋まっていた。でもフィナーレがオンエアされる数日前、何かがぼくに、スケジュールを見直すように促しているように感じた。 既に2月の時点で出席できないと答えてあったが、その後自分の予定が変わっていたことを知った。 そこで、マネージャーに、いまから出席だけでもできないか、そしてあの番組の視聴者として、また参加者としての時間の中で、僕の人生に影響を与えた多くの人たちにさよならを言うことができないかをきいてくれるように頼んだ。 ほんの数日前だったにもかかわらず、出席できるって答えがきたときは嬉しかった。
(この後の文章には、たくさんの名前が出てくる。馴染みがあるものも、ないものも含めてね。) あの番組に実際にどれだけ多くの人々が関わっていて、どれだけ多くの人々が僕に個人的に影響を与えたのかってことがわかるように、あえて全員の名前を挙げる。

火曜日のリハーサルに出かけたとき、最初は緊張していた。 でも、徐々に馴染みの顔が見え始めた。同じシーズンのカーリー・スミッソンとデヴィッド・クック。 それからメリンダ・ドゥーリトル、ルーベン・スタッダード、クリス・アレン、アリソン・イラヒータなどなど。 それに、多くの舞台裏の親しい人たちも見えた。舞台監督のジャッキーやデビー、歌唱指導のマイケル・オーランドやドリアン。ドリナ、ミーガン、サム、パトリック、チャールズ、ナイジェル、ウィリーン、マイク、リッキー・マイナー、ギタリストのポール、ピート、ケィティやそのほか大勢の人々。

IMG_8556-400x300.jpg

デヴィッド・クックと僕。シーズン7のファイナル2だったあの時が懐かしい。


そのあとも、さらに多くのコンテスタントに会った。スコッティ・マッケリー、ローレン・アレーナ。ジョーダン・スパークス、ジャスティン・グアリーニ、タマイラ・グレイ、ダニー・ゴーキーや、他にも大勢。 初めて会う人達もいた。コルトン・ディクソン、キャンディス・グローバー、ジェシカ・サンチェス・・・。 本当にたくさんの人達がいた。 新しい番組スタッフのグアテマラ出身のシンシア、ニナ、レイチェル、ポール、ゲリ、ベッカ、ケルシー、マーゴット、オマール、アレックス、カルメンにメリー・ジェーン。

IMG_8555-400x300.jpg

舞台裏のスタッフ


今シーズンのコンテスタントにも会った。トレント・ハーモン、ラポーシャ・ラナエ、ダルトン、ギアーナ、リー、オリビア、アヴァロンとか。 トレント・ハーモンは初期のエピソードで僕の名前を出していて、あれは見ていてとても心に触れた。 自分のやったことが別の人に影響を与えたり、インスパイアしたんだって知ることは、ぼくにとってかけがえのないことなんだ。だから、彼に会って謙虚な人だってわかって、本当に嬉しかった。他の人達もとっても親切だったしね。

リハーサルのときに、一緒に仕事をした人たちや以前働いていた先の人たちに囲まれていると、8年前の16-17歳の頃の自分がいかに振り回されていたか、ぼくについて彼らが考えることをいかに優先させていたかを思って、奇妙な感じがした。 いまは、ぼくは自分を知っているし、番組のトップやプロデューサ、レコード・レーベルや会社を喜ばせることよりも、自分を優先させている。 ぼくたちみんながどんなに成長したか、そして、ぼく自身がどれだけ成長したかがよくわかった。 ぼくは、自分をパフォーマとして、人として成長させてくれた番組に、そして、かつてないくらい前向きな成長をさせてくれた番組に感謝している。

0d34d8faccf4f764934156f49f183fd1-469x300.jpg

アメリカン・アイドル シーズン7:トップ10 写真の左から時計回りに:ラミエル・ムルバイ、ジェイソン・カストロ、ブルック・ホワイト、マイケル・ジョーンズ、カーリー・スミッソン、クリスティ・リー・クック、サイーシャ・メルカド、デヴィッド・クック、デヴィッド・アーチュレッタ、チケジー(一番下の真ん中) Fox Broadcasting Co. Cr: Frank Micelotta/FOX


ビルボードのフレッド・ブロンソンにインタビューされた。 (ビルボードのチャートや曲について彼が書いた本は、13~15歳の頃のぼくに影響を与え、またそれまで知らなかったたくさんの新しい曲を教えてくれた)。彼は、シーズン7の真っ最中のころ、そのシーズンより前に番組を見ていたころ、そしてシーズン後に番組を見てそれぞれ何を感じたかを尋ねた。 ドルビー劇場は、以前はコダック劇場として知られていたことに気がついた。 ぼくは11歳のころにここにいて、ケリー・クラークソンが優勝するのを見ていた。 父が、ぼくが大ファンなのを知っていて、フィナーレのチケットをサプライズで取ってくれたんだ。 ぼくは、ナタリー・コールの数列後ろに座ったのを覚えている。彼女も出席してたんだ。 ケリーがアメリカン・アイドルの最初の優勝者として名前を呼ばれた瞬間や、紙吹雪を見ていたことを覚えてる。 いくつかのことはしっかりと覚えてるんだ(覚えておくのは大の苦手で、あれ以来、忘れる一方ではあるけどね)。いま、ぼくは最後のシーズンのためにここにいる。ただ、今回は同じ劇場の反対側、フィナーレのステージの上にいるわけだけど。8年前に、ぼくをこんなにもインスパイアしたこの番組の、コンテスタントとしての自分自身のフィナーレのときはどうだったかについても思いを馳せた。

Screen-Shot-2016-04-12-at-6.49.12-PM-537x300.png

ケリークラークソン、デヴィッド・アーチュレッタに出会う


最初のシーズンを見ていたことを覚えている。ジャスティン・グアリーニとタマイラ・グレイが最終週に残っていた。タマイラからは大きな影響を受けた。彼女の “And I’m Telling You, I’m Not Going”のパフォーマンスからは特にね。それまでの11年間の人生で、あれほどのパフォーマンスを聴いたことも見たこともなかったんだ。 彼女ほど曲に魂とエネルギーを注ぎ込む歌い手を見たことがなかった。 ぼくは彼女に、そのパフォーマンス1つで、彼女がほかのどのコンテスタントよりもぼくに影響を与えたことを話した。 そして、それを録画し、覚えて、すべてのパートを完璧に彼女のように表現にしようとしていたことを話した。 彼女は「もうやめて。そうしないと泣いてしまうから」と言った。

Screen-Shot-2016-04-12-at-6.52.03-PM-532x300.png

タマイラ・グレイ


ポリネシア人の警備員が大勢いた。 彼らに話しかけてみることにした。通常は少なくとも1人か2人はモルモンだから。多くのポリネシア人はモルモン教徒なんだ。ここでは3-4人がモルモンだった。

IMG_8560-400x300.jpg

左から右へ:マーク、フロスト、それにたぶんコリー(かな?)


そして、レッドカーペットだ。 レッドカーペットを歩くのは好きじゃない。なんか「ぼくを見て!どのように見えるか判断して!ここを歩いてる人たちと比べてみて!」 っていうように思えて、ただ好きになれないだけなんだけど(笑)。 本当に不安でたまらないのに、一度カーペットに乗ってしまえば、どんなに不格好に立っていても、何か別のことに集中しさえすれば不安は消えるんだ。 正直なところ、とにかくどんどん進んでいってしまいたいんだけどね。 知り合いのカメラマンを何人か見かけて、彼らを見ているのは楽しかった。ぼくたちが多くのインタビューや写真の嵐を通過するのを助けてくれるFOX広報のジル・ハドソン、ジェン、アレックスやニコルを見てるのもね。 ジェンは、ぼくのシーズンのアメリカン・アイドルのオーディションの間に、TV局のクルーが自宅の玄関まできたからって、ぼくがどんなふうに慌てて彼女に電話してきたかを話してくれた。母もぼくも恐れおののいていたんだ。 どうしていいかわからなかったんだ。で、 ただ何も答えなかっただけだった、あはは。

オープニング曲の“One Voice”の前は、不安に襲われた。 自分を落ち着かせようと深呼吸した。舞台裏には大勢の人がいて、みんな何か話していてとても騒がしかった。それがみんなぼくの不安を掻き立てるんだ。 みんなは興奮していて、ぼくだけが静かだった。 ぼくは、こういった状況ではいつもそうしているんだ、圧倒されてしまわないようにね。

後ろにジョーダン・スパークスがいて、いつものように弾けんばかりのエネルギーで「一緒にお祈りしましょうか?」って言ってくれた。 ぼくは「うん!」って答えた。 彼女は周囲に叫んだ「OK、みんな! いまからお祈りするから、よかったら一緒に祈りましょう!!」 だれにも声が十分には届かなかった。 コルトン・ディクソンとダニー・ゴーキーがブレーク・ルイスと一緒に寄ってきて、ジョーダンが祈り始めた。 祈っているうちに、恐れが遠のいていくのを感じた。 祈りは、いつもぼくの恐れを落ち着かせてくれる。 その効果は面白いほどだ。 祈りが終わって「アーメン」とつぶやいたとき、予想以上の数のアーメンが聞こえた。 見渡してみると、ステージのこちら側にいたグループのほぼ全員がぼくらの周りに集まって一緒に祈っていた。 特別な瞬間だった。 ジョーダンが静かでちっぽけな自分のことを気にかけてくれて、こんなふうに周囲のみんなを巻き込むことを恐れなかったことを嬉しく思った。これは一体感を感じる経験で、祈りが持つ様々な力のうちの一つなんだ。祈りは人々を集め、神とともにより高い目的の中に我々を一体化させる。

IMG_8525-e1460507205316-225x300.jpg

ジョーダンはいつもアップビードで若々しい精神を持っている。彼女はポケモンギヤを見せること恐れない。祈りのために人々を集めることも恐れない。


ぼくらがステージに出ようとする直前に、タマイラ・グレイがぼくを呼んで手を握って言った。「いま、あなたと一緒にあのステージに出たいの。 あなたのエネルギーを感じながら、この瞬間をあなたと分かち合いたいの」 素敵な瞬間だった。

終わりごろ、ステージの袖からトレント・ハーモンがシーズン15の最後の優勝者になる瞬間を見ていた。 それは、ぼくらこれまでのコンテスタントやすべてのクルーにとって、感極まる瞬間だった。 ぼくらはみんな伝説の一部で、番組をできる限り良いものにしようと懸命に努力してきた。 ぼくは、涙をこらえるのに必死だった。 みんながステージに出てトレントを祝い、みんなにさよならを言った。 ハグと涙と写真撮影や録画で満ち溢れていた。(ぼくはいつも写真やスナップチャットを自動的に避けちゃうんだ。 なぜだかわからないけど、ぼくの習性になっちゃってる)。

トレントを直接祝うことはしなかった。とても大勢のひとたちが彼をもみくちゃにしていたから、ぼくとしては彼に息をつく時間をあげたかった。 彼の家族にはお祝いを言えた。 みんなとってもいい人たちだった。

アメリカン・アイドルは、ぼくの人生のなかでたぶん最も難しい出来事だった。 最初の四半世紀の中で、最も夢のようで、劇的で、圧倒的な時間だった。 多くの人がぼくに、チリでの2年間のミッションの方が大変だったんじゃないかっていうけど、本当にそうじゃないんだ。 アメリカン・アイドルほど、ぼくの性格にとって挑戦だったことはない。 ぼくの人生の中で、あれほど孤独を感じたことも、あれほどの誘惑を受けたこともない。 あんなに激しい変化も初めてだった。 あれだけ多くの上っ面の出来事やうわべだけの人々に囲まれたこともない。 ぼくについてあれほど多くの人たちから良いことや悪いことを言われたこともなければ、カメラに付きまとわれて、望まない関心を引くためだけにぼくの人生についてつくり話をされたこともない。 いつも自分を世捨て人だと考えていた内向的な人間にとって、これが何を意味するかなんて語れないよ(笑)。 でも、あれがぼくを強くしてくれたことは確かだ。 いまの自分があるのは、番組での経験によるところが大きい。カメラ嫌いは迅速に克服することができた。 人々とどうやって会話をするかも学んだ。批判と賛辞の両方をどうやって受け入れるかも学んだ。正直なところ、賛辞を受け入れる方が難しかった。 親切であることや「ありがとう」ということを学ばなければならなかった。

番組で過ごした時間の中ですばらしい友人もできた。 コンテスタントやクルーの多くに話す機会はもうないけれど、彼らのことは気にかけている。 彼らはぼくにとって大切な人たちだ。 あの番組を体験できて、本当に良かった。 おかげで、話すべき多くのストーリーができた。 あの番組の最終回に参加したことで、素朴でティーンエージャーそのものだったぼくが、エンターテーメント産業のクレージーな世界に投げ込まれて得たすべての経験について未解決だった多くの感情に決着をつけることができた。 アメリカン・アイドルは一生に一度の機会だった。 一生に一度っていうのは、二度とあれを繰り返したくないからではなく、いままで自分が行けるとは夢にも思っていなかった場所にぼくを連れ出し、経験できるとは想像もしていなかったことを経験させてくれたからなんだ。 ぼくを行くように駆り立ててくれた神に感謝する。 あれは、ぼくが番組に行って何かを学ぶてめに必要な促しだった。 そして、ぼくが前進し続けるように動機づけてくれた父に感謝する。最初のオーディションでダメだったとしても、ぼくはそれで良かったと思うだろうから。 彼は確かにメディアから多くの非難を受けたけれど、いまのぼくがあるのは、彼がぼくに動機づけし続けてくれて、ぼくに自分が思っているよりも多くの何かがあるって言い続けてくれたからだってことは、たぶん誰も知らないだろう。

番組を見てくれたみんな、ありがとう。 ぼくらに投票してくれたみんな、ありがとう、 あの番組に出演した各自の経験の中で、きみたちそれぞれが何らかの役割を果たしてくれたんだ。 ぼくにとって、ファンの全体概念をつかむことは難しいけれど、何年にも渡るみんなのサポートやぼくに耳を貸そうという姿勢にはいつも感謝している。 ほかのコンテスタントもみんな同じように考えている。自分が言うことや分かち合いたいことを聞いてくれる人がいるって知るのは、素晴らしいことなんだ。


※※※※

な、長い・・・・。あんまりだ~。

nice!(2)  コメント(2) 

nice! 2

コメント 2

kaychan

rikuさん、長訳ありがとう~! お疲れさまでしたm(__)m
とっても嬉しいです。デヴィッドの言っている通りには理解できない部分があったの。やっぱりハンディキャップです、外国語って(ToT)/~~~

彼にとってAIがいかに大きな試練だったかもあらためてわかったし、いろいろな点でフィナーレに参加できたことが本当によかったね、って思えました。私たちにとっても、嬉しかったし♪

めばるさん、rikuさんに翻訳をお願いしてくれてありがとう(*^_^*)

by kaychan (2016-04-27 08:54) 

liz

rikuさん、お久しぶりです!!
長訳ありがとうございます (•ө•)♡
DavidにとってAIって最大の試練だったんですね。そういうDavidが葛藤している時間を共有できた?ことが今となっては懐かしく、私にとってもいい思い出です。
AIを見なければAAAの皆さんに出会うこともなく、ましてや沖縄に集うこともなかったのですから(;^ω^)この出会いには本当に感謝しています。またいつか皆で集まれるといいですね♪
by liz (2016-05-06 15:17) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。